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『わたしのパスかる!』髙階理事長の自叙伝(連載第25回)

ジェックスの設立者で理事長の髙階經和先生が、お生まれになった1929年から現在進行中の研究成果まで、90年を超える人生と研究をみずからまとめておられます。

内容はもちろん、読み物としても大変興味深い「自叙伝」となっています。ぜひお楽しみください! 

(連載内容の目次はこちら)

髙階先生の経歴はこちら

前回分はこちらから                        

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    『わたしのパスかる!(連載第25回)

ーわたしの歩いてきた道ー

ジェックス理事長 髙階 經和

  

第4章:-1995年~2022年-

21.木製チェストピースの再発見

 数年前から、ラエネックが19世紀初頭に初めて木製の筒を聴診器として診断に応用したのであれば、21世紀の現在、エコロジーの観点からも制作費用も安価な木製チェストピースを試作し、従来の聴診器と比較して、果たして差が見られるだろうかという素朴な疑問を抱くようになった。

 まず木製チェストピースを作成するに当たり素材を調べ始めた。その結果、バイオリン、マリンバ、オルゴールなど各種弦楽器に使われている音響特性に優れた硬い木質素材として、花梨(かりん=Chinese quince:日本をはじめ中国および東南アジア産)を選んだのである。


 花梨を素材にしたチェストピースは、小児や老人患者で使用されることを前提としてハート型(L-scope)とし、内径を等しくし、深さ12ミリの半ドーム型に彫った。続いてわたしは素材にパドゥク(Padoauk:東南アジア原産) を選択した。成人用に従来の聴診器のチェストピースと同サイズの、外径は丸型、高さ26ミリの木材を、深さ12ミリのドーム型に彫りチェストピースを作った。まずチェストピースのドーム中心に電気ドリルで直径4ミリの孔を開け、これと上部側面に開けられた4ミリの孔へ曲線をつけて開通させ、真鍮製集音チューブを固定する。さらに表面部分はサンドペーパーで仕上げ、透明ウレタン・ニスを3回塗布して完成。これをK-scope(Kとはわたしのニックネーム“Kay”)と名付けた。

    木製チェストピース(家紋入り) 

   こうしてできあがった聴診器のチェストピースを使って、従来の金属製の聴診器による心音や心雑音の音響と比較してみたところ、驚いたことにほとんど遜色のないことが分かった。それに音の伝播にはチェストピースだけではなく、音を伝える集音チューブ(ゴム製、あるいは塩化ビニール製)や、イヤーピース(耳に入れる部分)も問題になってくる。この集音チューブやイヤーピースをすべて同一のものとして、チェストピースだけを変えてみたところ、果たせるかな、木製チェストピースのほうが金属製チェストピースに比べて、はるかに音質が柔らかく清澄である。しかも高調から低音の広い音域にわたって、心音・心雑音が原音のまま耳に達することが分かった。

   では何故、木製チェストピースのほうが耳に軟らかい音質として聴こえるのか。それは、例えてみれば、あたかもピアノの鍵盤を叩いたときに1つの弦が余韻を残さないためにピアノには柔らかいフエルトのストッパーが弦の振動を停める役目を果たしている。これが膜面型(diaphragm)チェストピースの働きだが、木製チェストピースにはフエルトのストッパーとなる膜面が具備されていないために、心音や心雑音が原音のまま伝わり、余韻のある音として聴こえると考えれば説明が付くかも知れない。

 

22.聴診器という言葉は正しいか?

 聴診器は「ラエネック」が”Stethoscope”と呼んだが、医師が何の疑問も抱かずにこの言葉を使っている。ある時、わたしの友人であるアリゾナ大学医学部サーバー・ハート・センター(Sarver Heart Center)所長のエーヴィ教授(Dr. Gordon A. Ewy)が「聴診器を『ステトスコープ』と呼ぶのは、実は間違っているのではないか?」とメールを送ってきた。確かにStethoscopeはラエネックが作った造語である。聴診器は見るものでなく、聴くものであれば、”Stethophone”と呼んでも構わないと思う。既にある聴診器メーカーは、フォーン(phone)あるいは”フォネット”(phonette) という言葉を使っており、別に違和感はない。初心者でも十分に聴く事ができるこの聴診器を使えば、「臓器語」(心臓や肺の呼吸音のように臓器が発する言葉)を存分に聴くことができ、誰もが「ステトスコープ」(stethoscope)ではなく、「ステトフォーン」(stethophone)と呼ぶ時代になるかも知れない。そうすれば、きっと聴診の苦手な医学生も、音楽を聴くように聴診器を使う楽しさを発見することだろう。再び、話はわたしが創った木製チェストピースに戻る。チェストピースは心音を増大してくれる楽器としての役割を果たしており、それには木製チェストピースの形状が大いに関与しているのではないかと思った。

 果たせるかな、その結果はまったくわたしの予想した通りで、木製チェストピースが金属製チェストピースとほとんど変わらないという客観的評価を与えてくれたのである。その後、すでに25種類のさまざまな形状のチェストピースを作ってテストを行っており、これが現在のわたしの趣味になっているが、チェストピースには従来の金属製のような冷たさはない。診察の際には、患者さんから「柔らかな木の温もりが良い」と大好評である。そして膜面型のフィルターを通してカットされてしまう低音部分の微妙な3音や4音(若い健常者ではあまり聴かれないが、老人になって心筋の弾力性が低下してくると聴こえる心音)を、見事にキャッチしてくれる。

 最近、テンプル大学医学部のドクター・バェレット(Dr. Micheal Barrett)が監修した「CD-R・心音や心雑音」を「ハート・ソング」(Heart Songs)と呼んでいるように、各疾患特有の心音や心雑音は、心臓が1心拍ごとのリズミとともに奏で続ける「心臓の歌声」なのだ。どうやらわたしの木製チェストピースは、「ストラスバリウス・デュランティ」のような名器とその形が異なっても、冒頭に述べた「聴診器は生きている」というタイトルの通り、心音や心雑音の原音の響きをそのまま耳に伝えてくれる、素晴らしい「楽器」である。

 近い将来、若い医師たちがこの聴診器によって、聴診に新たな魅力を感じてくれる医療機器として役に立つであろうし、この考えは誰でも理解してもらえるのではないだろうか。その後も日曜日や休日に、家庭で木片を彫ってチェストピースを創る仕事に励んでいる。しかし、仕事を始めようとすると、近所に大きな音がすると嫌味を言われ、できるだけ鋸やドリルの音がしないよう四方八方に気を遣い、随分肩身の狭い思いをしている。残念ながらこれが頭痛の種である。

 

23.可伸展型ダイアフラム聴診器誕生

 また、わたしの夢の一つであった新しい「可伸展型ダイアフラム聴診器」を2016年9月東京工業大学の清水優史教授らと共に開発し、権威ある日本循環器学会誌CIRCULATION J.(2016年)に発表した。特徴は低周波域の第3音・第4音の聴診に優れていることだ。既にケンツメディコ社から製品化され「TSphonette」の名称で呼ばれ、国内外にも反響が広がっている。これが第-9のパスかるとなった。(9)

「可伸展型ダイアフラム聴診器」と周波数特性図

 

 

 【・・・次回最終回に続く】

※「わたしのパスかる」へのご感想をぜひお寄せください。 office@jeccs.org

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