ジェックスの設立者で理事長の髙階經和先生が、お生まれになった1929年から現在進行中の研究成果まで、90年を超える人生と研究をみずからまとめておられます。
内容はもちろん、読み物としても大変興味深い「自叙伝」となっています。ぜひお楽しみください!
*****************************************************
『わたしのパスかる!』(連載第13回)
ーわたしの歩いてきた道ー
ジェックス理事長 髙階 經和
第三章:-1980年~1994年-
7.社団法人臨床心臓病学教育研究会設立
1985年、かねてから考えていた心臓病を中心とした生活習慣病の知識の普及を行なうための社団法人を設立した。この法人設立に当たって大阪府国際交流監であった大藤芳則氏の尽力により設立する事ができたが、その事務的な仕事を手伝ってくれたのは、他ならぬ婦長の後内道子さんであった。我々の法人は数年アメリカにおいて臨床訓練を受けた医師が中心となって、医師、看護師、医学生をはじめ医療関係者のための研修活動と、国内外の人々のため心臓病を中心に生活習慣病予防に関する啓発活動を行なう事を目的として「社団法人臨床心臓病学教育研究会」という名称で設立された。そして毎月、研修会および各種のセミナーなどを行うほか、毎年、夏季大学を行っている。
8.日米合同「心臓病の夏季大学」
1989年夏、大阪府医師会館を2日間使って、「心臓病の夏季大学」を主宰したのであるが、これには「ハーヴェイ君」プロジェクトのリーダーであるマイアミ大学のマイク・ゴードン教授、ジョージア州アトランタ市のエモリー大学からフエルナー教授、そしてアリゾナ大学から、ゴードン・エーヴィー教授の3名と、マイアミ大学から技術者3名、それに各先生の夫人達が大挙して大阪にやってきた。
「ハーヴェイ君」を駆使して、3人の教授が、各心疾患における身体所見と心電図、心エコー図との関連について立体的に行われた講義は、確かに手応えのあるものだった。3人とも独特の雰囲気があり、しかも、それぞれ如何に教えるべきかを心得ている。
わたしがマイアミ大学を訪れた時、ドクター・ゴードンが
「講義はショーだ。魅力のない講義は、誰も聞いてくれない」
と言っていたことを思い出した。2日間の魅力ある講義は、確かに面白く、参加者にとって初めて経験するアメリカ流の臨床心臓病学の醍醐味を満喫させてくれたのである。
しかし、先に触れた予期せぬ事態とは「ハーヴェイ君」の移動における運搬費用が莫大で、大阪市内の僅かな距離の1回の往復でも40万円もかかってしまった事である。これではとても研修のために簡単には移動は出来ない、どころか研修毎に大変な赤字になった。
9.「これは何ですか?」(What is this?)
このシミュレータを使って、わたしは何回となく「心臓の聴診」と題する講演を国内でも行ってきたが、1990年3月に聴診の講義のため、アリゾナ大学医学部のエーヴィ教授に招かれた時の事を思い出すと今でも可笑しくなる。聴診シミュレータをスーツケースに入れてトゥーソンに着いた時には、何のトラブルも無かったが、大学で聴診シミュレータを使っての講義も終り、翌朝、帰国のため空港カウンターでチェックインした時のことである。
スーツケースの一つが、ベルトに載って隣の部屋に消えてから、間もなく、黒人の荷物検査官がドアを開けて出てきた。そして
「すみませんが、こちらの部屋に来て頂けませんか?」
すぐにわたしはその理由がわかった。それはスーツケースに入っている聴診シミュレータにあったのだ。
「このスーツケースを開けて下さいませんか?」
中から出てきたのは当然、聴診シミュレータである。
「What is this?」(これは何ですか?)
「これは聴診シミュレータで、わたしはアリゾナ大学で講義をして、これから日本に帰るところです」
「貴方はドクターですね。わたしの興味でお聞きするのですが、これは何で出来ているのですか?」
「表面は塩化ビニールで、中身は発泡ウレタンで出来ています。その中に4つのスピーカーが入っているのです」
「道理で、わたしがレントゲン検査で見たときは一体何が入っているのか、皆目、見当も付きませんでした」
といって、その係官は笑った。それから、彼はこの聴診シミュレータに、検査官ではなく個人的に非常に興味を持ったようだ。
「このシミュレータはパテントを取っておられるのですか?」
「いえ、まだです」
「アメリカのパテントを取れば、百万長者になれますよ!」
と言って、再び大きく口を開けて笑った。
(今になって考えてみると、もし、あの2001年9月11日、タリバンによるハイジャックと、大惨事の後であったとすれば、わたしは疑いを掛けられ、検査のため足留めされ飛行機には乗れなかったかも知れない)
10.心臓聴診シミュレータ
学会展示会場では多くのドクターが展示コーナーを訪れたが、
「このモデルは髙階先生が作ったのですか?」
「そうです」と、製作に協力した宮野医療器の社員が答える。
「どうも、もう一つ、心音が実際のものと違うように思うのだが」
「やはり音が、少し硬いようにも聴こえるな」とあるドクター。
「髙階先生が、実際の患者さんから記録されたものだと聞いていますが」
こういった会話の内容を聞くうちに、わたしは折角、長い年月を掛けて作った聴診シミュレータなのにと残念に思うと共に、開発したものでなければ判らない苦しみを味わっていたのである。そのためには更に改良を加え、単に聴診の訓練だけではなく、心臓病患者の持つ全ての身体所見を再現できるシミュレータとして、「ハーヴェイ君」を超える、より完成度の高い心臓病患者シミュレータを作り上げなければならないと考えていた。
まずその第1段階として、聴診シミュレータ「さゆり」を作り上げたが、聴診だけではなく、すでに数年前から東京工業大学の清水優史助教授と血圧と脈波発生装置の開発に取り組み、脈拍を発生させる装置を完成させていた。しかし、臨床手技の教育には、血圧や脈波発生装置だけでは医師や、医学生あるいはナースには魅力がない。何とかわたしが開発した聴診シミュレータと、清水助教授が開発した装置を使い「ハーヴェイ君」とは全く違った方法で、新しい心臓病シミュレータを製作して見ようと考えていた。
【・・・次回に続く】
※「わたしのパスかる」へのご感想をぜひお寄せください。 office@jeccs.org