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『やってみもせんで、なにがわかる・・・』

『やってみもせんで、なにがわかる…』

 この言葉は、本田宗一郎(ホンダ技研創始者)語録を代表する有名なことばです。

 1816年にはじめてフランス人医師、「ラエネック」(Laënnec) が、木筒を使って聴診器を開発しました。そして1916年、私の祖父「髙階經本」が、ドイツ留学中にベルリンで「トラウベ」型聴診器(象牙製)を手に入れました。

 1940年当時、父は大阪で内科を開業していましたが、診察室の医療機器陳列ケースの中にその聴診器がありました。私は子供心に「なるほど、これで患者さんの心臓や肺の音を聴いているンだ」と驚きにも似た憧れの気持ちで眺めていました。しかし残念ながら、父は私に聴診器を触らせてくれませんでした。そして1953年11月10日に父は亡くなりました。

 

 その翌年3月に私は神戸医科大学(現在:神戸大学医学部)を卒業し、当時大阪にあった第382米国陸軍病院にインターン研修生として1年間過ごしました。その時、内科部長のラウリー少佐(Dr. Major Lowly)から双耳型「リーガー・ボウルズ」(Regar Bowles)聴診器を「これからずっと使っていいよ」と微笑みながらプレゼントされ、誰よりも聴診器に対して興味を持つようになったのです。

 

 その後、1958~1962年までアメリカ南部の街ニューオーリンズにあるチュレーン大学医学部で臨床心臓病学を学び、主任バーチ教授 (Prof.G.E.Burch) の卓越した内科医としての力量に深い感銘を受けました。私が医師になってから66年の歳月が流れましたが、その間、一貫してベッドサイド診察法、とくに聴診に自信をもって診療に当たってきました。その間に幾種類もの聴診器を使ってきましたが、満足できませんでした。2004年、私は「ラエネック先生の初心にかえり、木製のチェストピースを作ってみよう」と考えたのです。「果たして役に立つものが作れるか?」と不安もありましたが、50種類以上の木製チェストピースを創り、遂に従来の聴診器に引けを取らないものを作り上げたのです。しかし木製では大量生産が出来ないという理由により、木製を諦め、ステンレス製の「伸展型ダイアフラム聴診器」の開発に成功し、2016年、CIRCULATION J. にその研究成果を纏めて論文を発表しました。

 

 「やってみもせんで、なにがわかる…」という本田宗一郎のことばは、もの創りをする人の実践哲学だと思います。今から10年ほど前、宮崎俊一先生(前近畿大学医学部循環器内科教授・大阪府済生会富田林病院院長であり、ジェックス理事)が、「髙階先生は本田宗一郎の様な方ですね」と言われたことがありました。宮崎先生はどの大学の教授よりもバランスの取れた臨床医であり、研究者、教育者として後輩の育成に当たられ、私が敬愛する国際的に優れた循環器専門医のお一人です。

 

 「すべての研究は臨床からはじまる」それは私の恩師であった「バーチ教授」の残した語録であったことを新鮮な記憶として思い出す今日この頃です。

 ジェックス理事長  髙階經和

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