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髙階理事長エッセイ「One thing at a time」【第5回】

 

 

【第5回】

 

《の》 自主、自戒のことば~その(8)
  「 時間を守る(be punctual)」

 世の中には、時間にルーズな人がいっぱいいます。約束の時間には必ず遅れ、人を待たせることを当たり前だと思っているのでしよう。そういった人が新幹線や、航空機の時間には正確に姿を見せるというのはどういう事でしょうか?日本の新幹線は時間に正確で、世界一だと思います。

 時間にルーズな人も、相手が人間ではなく新幹線では、相手が待ってくれません。新幹線ではなく、それを動かう運転手が相手なのです。

 哲学者カントが、毎日散歩をする姿を見て「カント先生が今窓の外を通たから何時だ」と言って時計の針を合わせたというのは有名な話です。それは新幹線の運転手が正確に列車を走らせるのが、仕事だからそうするのではなく、自ら新幹線を走らせる仕事に誇りをもち、仕事をすることが、ドイツの哲学者カントの実践哲学に似ていると私は思っています。

 どんな仕事でも、予定通りにいかない事もあります。現代では通信手段として携帯電話もありますから、事前に遅れると思った時にはすぐに相手側に遅れるということを伝えるべきです。それが社会人としての礼儀だとおもいます。

 「何時も待たせるのが医師、何時も待つのが患者」という言葉を聞いたことがありますが、耳の痛いはなしです。医師の仕事は思わぬ事態に直面する事が、しばしばあります。その時はすぐに何らかの方法で患者さんに遅れることを伝えるのが、社会人としての在り方ではないでしょうか。

 

《み》 自主、自戒のことば~その(9)
  「 常識を持て (be commonsensed)」

 わたしが何時も心がけてきたことの一つとして、「物事を常識で判断できないのは、自分が勉強不足だから」ということです。そして、同僚や患者さんから質問に答えられないのは、自分の知識が足りないからだと何時も思っています。2022年12月には満93歳になりますが、知らない事ばかりです。医師という職業の特殊性に原因があったのかもしれません。 

 この3年間、コロナウイルスによる世界的なパンデミック(広範囲感染)が起こり、政府は専門家を中心に懸命に努力を続けてきた結果、漸く感染者数も下降傾向になってきました。

 わたしが3年間、不思議に思っていた事は、感染者数だけに焦点を当てた発表を行ってきたという事実です。コロナウイルスの病態はウイルスが全身組織の中に入り込み、心筋炎をおこしたり、肺組織に炎症を起こし死滅させ、全身組織が機能不全に陥り死亡することを、パンデミックが始まる前に一般の人々に分かり易く説明したとすれば、もっと理解が得られ、予防接種を受ける人数も増え、犠牲者数も減ったと考えます。

 各国では、ロックダウンをすることで危機を乗り切った例もありますが、医師や医療者は、ウイルスは細胞内に侵入して、人体を死滅させる微生物であることを一般の人々に分かり易く説明する努力が求めらけらます。 

 1918年から1919年にヨーロッパから全世界に広がったスペイン風邪は公衆衛生の概念が十分認識されず、確立していなかったからでしょう。

 

 人は誰でも物事に成功すれば、他人は称賛します。何回も称賛の言葉を耳にするうちに、自分の態度が尊大になっているのではないでしょうか?多くの仕事は自分一人ではできないことが多いのです。チームを組んで仕事を完成させた時の達成感を味わいます。チームのサポートがあったからこそ、そのプロジェクトを完成させられたのです。

 これは、あらゆる分野に共通したことだと言えます。例を挙げると宇宙開発の様な巨大科学プロジェクトは、リーダーのもと、各分野の担当者が周到な準備と綿密な作業を行い、全ての分野が一所懸命になってそのプロジェクトを完成させるのです。チームの中に一人でも尊大な気持ちを持ち、人として謙虚さを失なえば、プロジェクトは大幅に遅れるか、あるいは失敗に終わってしまいます。

 芸術家の場合、作品に対して周到な準備を行い、自らの心と身体を磨き、作品に愛情と情熱を注ぎ、時空を超えて創り上げて行くという孤独な戦いです。その作品が人の心を打ち芸術作品の評価を高めます。美術館に展示された作品を見た時、万人が感銘を受けることでしょう。彼等は我々の日常生活と次元の異なる空間で仕事をしているからです。

 しかし、あらゆる分野で仕事をする人、とくに医療者は何時も謙虚な気持ちを持って人に接することで、患者からの信頼を得、その人を成功へと導く唯一つのカギだと思います。

 

次回に続く

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