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発想の転換

発想の転換

 

 日曜日の朝、NHKのテレビ番組に「ルソンの壺」という番組がある。

 企業の発展は、その道一筋に長年の失敗と苦労を重ねた末に成るものだと一般には考えられている。が、時には全く別の業種で働いてきた人が、今までの仕事とは無関係と思われる業種に就き、物事や人事に関する自らの考え方と発想を変え、思いも付かなかった仕事が発展し、人の交流が図れるようになり、その企業が一挙に一流企業にまで成功を収めることがある。そのような物語を紹介するのが「ルソンの壺」である。以前にその番組の中で、かつて私が監修を行い1993年暮れにK社と共同開発した心臓病患者シミュレータ「イチロー」のことが紹介されたが、K社が如何に苦労して作り上げたかなど企業側の説明に終始した事に、何か物足りない気持ちが残った。

 

 2021年1月31日、午前8時「ルソンの壺」を観た。いくつかの話を紹介していたが、中でも特に私が心に残ったのは日本であらゆる種類の「撹拌器」を製造している会社の話であった。

 初めは大阪に工場があったが、新しく社長に就任したF氏は、食品関係で仕事をしてきた人であり、この方面には全くの素人であった。しかし、彼は大規模な撹拌器を作るためには、広い敷地と自由な発想ができる土地が必要だと考えた。その結果、選んだのが「淡路島」であった。やがて従業員の数も増えたので、F氏夫妻は彼らと共に淡路島に移り住んだ。そして会社は都会を離れた環境と、毎日の食事時には全員がクジを引いて食卓に座るという方針を打ち出した。社長は何時も従業員と共に食事し、様々な意見を聴くことが出来る様になった。

 これが功を奏した。各部署の人々との間に交流が生まれた。更に会社に対する信頼感が高まったのである。大阪に工場があった時には離職率が50%であったが、淡路島に来てからは17%以下になった。

 社員のために独身寮や娯楽施設も作った。これは莫大な初期投資に思えたが、数年のうちに会社の業績は伸び、初期投資に掛かった費用もあっと言う間に解消した。

 F氏は更に撹拌機に留まらず、スマートホンや、電子機器の分野にも業種を拡大していった。そのために電子機器メーカーから専門家に入社してもらい、異業種の混合作業を図ったのである。

 短期間で会社は新しい分野においても成功を収めた。彼の理念は「いろんな分野の人が集まってこそ、新しい道が拡がる」というものである。

 

 「ルソンの壺」を見終わって、ふと私は我に返った。世の中で一番保守的な生き方をしている職業は「医師」であることを思い出した。一旦自分が習得した知識や技術を容易な事で変えようとはしない人が「医師」には多い。最新の知識を吸収しようとしない。アメリカの著名な医師の中には今でも聴診に際し、患者の胸に絹のハンカチを置き、その上に聴診器を当てて聴く人がいるという。どうやら「医師は“石”」の皮肉にも通じる。彼は2世紀前のラエネック(※注1)の時代から変わっていないのだ。

 時代は変わり、AIが幅を利かせる世の中になったが、我々は今も「アナログ」の世界に生きている。新しい仕事に挑戦する人々は、年齢を越えて異業種の人たちと話合い、自らの柔軟な頭脳を活性化させることが大切だと感じた次第である。

                髙階經和(2021年1月31日)

 

(※注1)ラエネック:1816年に初めて「木筒聴診器」を開発した医師   詳しくはこちらをご覧ください

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