ECG database

心電図データベース

心電図データベース

症例73 呼吸困難の訴え

女性/74歳

問題

74歳女性、呼吸困難を訴え救急搬送されてきました。以前より呼吸困難の発作を繰り返しており、在宅酸素1L/分を使用中です。
救急室で記録された心電図を示します。どのような病態が考えられるでしょうか。

(出題者)公益社団法人臨床心臓病学教育研究会 会長
社会医療法人仙養会北摂総合病院 理事長 木野昌也

 

心電図

心電図

解答と解説

解答:洞頻脈、右房拡大、右軸偏位、時計軸回転
これらの所見は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)の特徴です。
 
解説:Ⅱ、Ⅲ、aVF誘導で、高いP波(>2.5mm)を認めています(図上)。右房拡大の所見です。
心房の脱分極が増強されるため、PR間隔やST間隔は基線(TP間隔)より低下しています(図下)。
 

画像:Ⅱ、Ⅲ、aVF誘導 画像:Ⅱ、Ⅲ、aVF誘導

QRS電気軸は+101度と右軸偏位を示しています。R/Sが1となる移行帯はV5にあり時計軸回転をしていることがわかります。このためV1−2でr波が小さくなります。時にrが消失し陳旧性前壁中隔梗塞と鑑別できないことがあります。左胸部誘導(V4−6)、特にV6でQRS電位は<10mmと低電位になっています。これらはCOPDに特徴的な所見です。 COPD(肺気腫)では過膨張した肺は心臓を外から圧迫し、さらに横隔膜を下に押し下げます。その結果、心臓の陰影は縦に長く引き延ばされ立位となります。大動脈や肺動脈は心臓に固定されているため、心臓は時計軸回転をすることになります。その結果、右心室はより前面に、左心室はより後方に偏位します。過膨張し空気を満たした肺が心臓と胸壁の間に入り込むため、QRSの電位は低くなるのです。 慢性的な低酸素状態により末梢の肺動脈は収縮し、肺高血圧症を引き起こします。さらに肺の組織破壊や肺における毛細血管の損傷により肺血管抵抗は増大し、それが長期間持続すると右房拡大や右室肥大を招くことになります。
 
この方の病歴をみてみますと、喫煙歴:20歳の頃からタバコを吸っており、若い頃は60本/日、最近は20本/日に減っていますが、まだ喫煙をしているとのことです。
当院の救急室へ搬送された時、BP131/72, Pulse 100 regular, 呼吸数20/分, 鼻腔カヌラ酸素1L/分にてSpO2は63%です。動脈血ガス分析:pH 7.36, pCO2 67.0 torr, pO2 44.2, HCO3 36.9mmol/L, BE 8.3mmol/L, sO2 79%, COHb 3.0%とCO2の蓄積を認めており、Ⅱ型呼吸不全(喚起障害)の状態です。AaDO2=150-pCO2/0.8-pO2=22(正常<10)と、肺胞気と動脈血の酸素分圧差が増加しており肺気腫と一致します。さらにHCO3は36.9と増加、そしてBEも8.3と増加し、pHは正常範囲内に維持されています。これは慢性の呼吸不全によるCO2の蓄積と腎臓による代償性のHCO3の増加と考えられます。COHbはCO中毒で発生し、酸素より200倍の親和性があります。正常人では平均1%、喫煙者では6%、重度の喫煙で15%と増加するといわれています。この方もCOHb3.0%と軽度増加していました。
 
同時に測定したNa 137, K 4.16, Cl 96より、アニオンギャッップAG(Na+K)は8.5と正常範囲にあり、代謝異常の存在は否定されます。胸部X線所見もCOPDの特徴を備えています(図下)。
 

胸部X線画像

画像: 胸部X線画像

この方は気管支肺炎を契機にCOPDが増悪したものと判断し、ジスロマック、アンピシリンの抗生剤投与とステロイド剤の投与で改善し、チオトロピウム(スピリーバ)の吸入とβ2刺激薬ツロブテロール(ホクナリン)テープの貼付にて10日後に退院となりました。

一覧へ戻る
上にスクロール