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症例97 呼吸困難で転院となった67歳女性

女性/97歳

問題

【主訴】
呼吸困難、倦怠感
 
【現病歴】
統合失調症の診断で近医に入院中であった。
2014年10月初旬から食思不振があり、倦怠感や呼吸困難も伴うようになった。その後症状は増悪傾向認めるため当院へ転院搬送となった。
 
【既往歴】
甲状腺機能低下症、高血圧、脂質異常症  
【内服薬】
リーマス200mg3錠分3、ベゲタミンB1錠分1、ベザフィブラート200mg2錠分2、チラージン50μg1錠分1、イミダプリル5mg1錠分1  
【入院時現症】
脈拍 32 回/分不整 血圧 95/48 mmHg SpO2 99 %(マスク5L) 頸静脈怒張あり 心雑音なし 肺音crackle聴取 両下腿浮腫あり。  
【主要検査所見】
血液所見:白血球数 9100/μl,赤血球数 301万/μl, Hb 9.3g/dl, 血小板数 41.7万/μl,
血液生化学所見:Na 130mEq/l,K 5.7mEq/l,Cl 102mEq/l,BUN 38mg/dl,Cre 3.79mg/dl,血糖147mg/dl, TP 7.4g/dl,Alb 4.9g/dl, T.Bil 0.6mg/dl, GOT 14IU/l,GPT 7IU/l,LDH 175IU/l,CPK 66IU/l,TC 216mg/dl, LDL-chol 計算不可,TG 812mg/dl, HDL-C 39mg/dl,
内分泌学的所見:TSH 4.31uIU/ml, FT4 0.9ng/dl, BNP 1550pg/ml, TnI 0.014ng/ml.
 
受診時の心電図と胸部レントゲンを示す。
心電図所見とその原因は何か。

(出題者)大阪府立済生会富田林病院 院長 宮崎俊一

 

【図1 入院時胸部レントゲン写真】

図1 入院時胸部レントゲン写真

【図2 入院時の心電図】

図2 入院時の心電図

解答と解説

【回答】
リチウム中毒よる洞性徐脈(それに伴う心不全および腎不全)
 
【解説】
院後一時的ペースメーカーを挿入し、心拍数を60台に保ち心不全に対する薬物治療を開始したところ、心不全症状・所見は改善をはじめ、クレアチニンも同時に低下しはじめた。リーマス投与によるリチウム中毒を疑ったところその血中濃度は2.89mEq/l(有効治療濃度:0.60~1.20mEq/l)と異常高値であったため、リチウムの投与を中止した。第9病日にはCre 0.76mg/dl,BNP41.3pg/ml,リチウム濃度0.50mEq/lと正常化し、退院となった(図3)。
 
炭酸リチウムは精神科薬物療法において広く使用されている薬物の1つである。治療濃度が血中濃度と近接しているため、中毒を生じやすい。一般的にリチウム濃度が1.5mEq/Lを超えると中毒症状が起こるとされており、本症例でも2.85mEq/Lと高度でありリチウム中毒に伴う洞不全症候群と診断した。中毒症状としては、昏睡・振戦などの神経症状、下痢・食思不振などの消化器症状、急性尿細管壊死による腎障害、徐脈などの循環器症状と多彩である。リチウムは心臓においては、カリウムとの置換によって心筋細胞内へ流入するが排出が遅く、その分だけ細胞内が低カリウム状態となる。そのためT波の陰転化や徐脈といった低カリウム血症に類似した心電図所見を呈する。本症のような洞不全症候群のほかST低下、陰性T波、QT延長等の変化も来す。
 リチウム中毒に対する治療としては、薬剤の中止・補液・血液透析が行われる.血中リチウム濃度が6mEq/Lを超えた場合は血液透析の絶対適応とされ、2.5-4mEq/Lの場合には、痙攣や昏睡といった重度の神経症状や腎不全を有する場合検討すべきと報告されている。
 また、田所らはリチウム中毒を起こしやすい特徴として、①1年以上の長期投与例②中高年の女性③高血圧、心疾患がある④800mg/日以上の多量投与などのリスクをあげている。 本症例では①、②、③が合致する.ACE阻害薬、NSAID、サイアザイド系利尿薬の併用で血中濃度上昇するという報告もあり、本症ではイミダプリルを服用していた。また本症例の投与量は600mgと常用量であったが経過を確認すると中毒症状を起こす前に400mgから増量されていた。常用量の場合でもリスクの多い症例では定期的な血中濃度の測定が必要であると考えられる。
 
リチウム中毒にて洞不全を来し、心不全および腎不全も伴っていたが、薬剤の中止・一時ペースメーカー留置のみでリチウム濃度が低下し、洞調律へ復帰および心不全、腎不全が軽快した症例であった。
 

【図3 退院時心電図】

図3 退院時心電図

参考文献:
Singer I, et al: NEJM 1973; 289: 254-260
Timmer RT, et al: J Am Soc Nephrol 1999; 10: 666-674
田所ら: 臨床精神医学 1991; 20: 1543-1548

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