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症例37 失神

男性/65歳

問題

歯磨き中に失神して転倒し、後頭部を打撲した。
近医に救急搬送されたが、呼びかけにかろうじて反応できる程度の意識状態であった。
冷汗が著明で末梢触知は不良、収縮期血圧が60mmHgであった。
心電図にて心拍数243回/分のWide QRS Tachycardia(心電図1)を呈していた。
搬送時点の情報は不十分であるが、本人によると、近医から不整脈と診断され、抗不整脈剤を投与されているとのことであった。
 

心電図1 他院来院時

図1 65歳 男性 心電図

解答と解説

経過:通常型心房粗動の1:1伝導による変行伝導
血行動態が破綻している頻拍であり、詳細な鑑別診断の暇はないと判断され、直ちにDC100Jで除細動された。
その後、加療目的で当院に転院となった。
洞調律の心電図(心電図2)では異常Q波やST-T変化を認めなかった。
 

心電図2 洞調律時

心電図2 洞調律時

経胸壁心エコーでは、左室壁運動異常や左室肥大は認めなかった。
その後、近医からの情報で、高血圧に対して降圧剤、発作性心房粗動(心電図3)に対してピルジカイニド(150mg/日)が投与されていることが判明した。

 

心電図3 前医で施行した12誘導心電図

心電図3 前医で施行した12誘導心電図
 

 送付された心電図3は下向きに凸の粗動波(周期長200ms)が明瞭であり、2:1伝導の通常型心房粗動が記録されていた。上記の情報を得た上で再度、心電図1の解析を行った。心電図1は右脚ブロック型で下方軸のwide QRS tachycardiaであり、鑑別診断には左脚前枝領域から出現する特発性ベラパミル感受性心室頻拍あるいは左室流出路や左室心外膜起源の心室頻拍、右脚ブロックを呈する上室性の頻拍の変行伝導が考えられる。
 一元的に原因を考察するならば、心電図1は心房粗動の1:1伝導に変行伝導を伴ったものと診断するのが最も妥当である。この場合、心電図3での心周期(RR間隔)は240msであり、心電図1の心房粗動周期200msよりも長い所見が問題となる。しかし、心電図3ではピルジカイニドが投薬されており、同薬剤の伝導遅延作用により心房粗動の頻拍周期が延長し、それが1:1の房室伝導を招来したと考えれば矛盾なくすべての現象が説明できる。
 後日、電気生理学検査とカテーテルアブレーションを施行した。通常型心房粗動の治療として三尖弁ー下大静脈間の解剖学的狭部に伝導ブロックを作成したのち、これまでの心電図診断を検証するため電気生理学検査を施行した。心房および心室からの高頻度刺激や期外刺激法にて頻拍は誘発されず、冠静脈洞入口部からの高頻度刺激(250ms)で右脚ブロックを呈し(心電図4)、心電図3と類似した波形となった。
 

心電図4 電気生理学検査施行時

心電図4 電気生理学検査施行時
 

これらのことから総合的に判断して、搬送時の心電図1は通常型心房粗動の1:1伝導による変行伝導と診断した。本症例はその後、抗不整脈剤内服なしで経過観察し動悸や失神を認めない。
 
解説:
 Wide QRS Tachycardiaを認めた場合、本症例を初期対応した賢明な前主治医のように慌てず12誘導心電図を記録することが診断の決定的な根拠となりうる。その場で診断をさらに確実にするためにはATPやベラパミル、その他の抗不整脈剤による反応をみることが必要である。しかし本症例のように頻拍時の血行動態が破綻していると判断した場合、詳細な鑑別診断よりも早急な電気的カルジオバージョンが優先されたのはやむを得ない。洞調律に復帰した後は直ちに12誘導心電図施行し、緊急を要する疾患(例えば急性心筋梗塞など)や他の基礎心疾患(陳旧性心筋梗塞、心筋症など)を疑わせる所見の存在を確認する。
 Wide QRS Tachycardiaを認めた場合は必ず上室性頻拍の変行伝導ではないかという視点から心電図を解析することが重要である。本症例では心房粗動を示した過去の心電図2やピルジカイニド投薬歴などの情報が重要な根拠となり、通常型心房粗動の1:1伝導による変行伝導と初期診断した。最終的に電気生理学検査を施行し、確定診断に到達することができた。
 通常型心房粗動に対してはI群抗不整脈剤が使用されることが多いが、本症例のように心房レートが低下すると返って心室応答が増強して重篤化するケースもあり、注意を要する。I群薬を投与する場合は房室結節伝導を抑制するβ遮断薬やカルシウム拮抗薬(ベラパミル、ジソピラミド)の併用が望ましい。通常型心房粗動は三尖弁輪を反時計回りに旋回する頻拍であり、根治的カテーテルアブレーション(三尖弁ー下大静脈間の伝導ブロックの作成)により、頻拍の根治が高率に可能である。従って、いたずらに抗不整脈薬による治療を続けることなく、根治的カテーテルアブレーションを目的とした積極的な専門医への紹介が必要である。
 

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