NEWS

ニュース

『血圧測定の今昔物語』

『血圧測定の今昔物語』

(公社)臨床心臓病学教育研究会

理事長 髙階經和

 

はじめに:

 血圧測定の始まりについては、多くの方が既に報告していますが、1720年にヘイルス(Steven Hales)という男が麻酔した馬の左頸動脈から銅パイプを挿入し、それにガチョウの気管を使ってガラス棒に接続して固定すると、血液がガラス棒の中を上昇し、血圧をはじめて測定することに成功しました。彼の本職は牧師でしたが、英国の王立協会から功績を認められる程の科学者であり、彼が測定した馬の血圧は300mmHgでした。

Steven Hales

 

 200年後、1920年3月24日に既にロシアの外科医であったニコライ・コロトコフが血圧測定につかわれる「コロトコフ音」を発見したのです。しかし、彼は不遇にも肺結核に罹り54歳で亡くなりました。彼の息子セルゲイ・コロトコフも医科大学を卒業し、毎日血圧を測りながら医師になって14年後にコロトコフ音を発見したのが、父であることを知ったとのことです。

 1896年にイタリアの医師であった「ピオーネ・リヴァロッチ」が水銀柱を使った圧力計と、ゴム球で加圧するカフを上腕の巻き付けた「世界初の血圧計」を開発しました。この基本的な構造と測定方法は現在の血圧計の原型となっています。

 

心電計記録紙にコロトコフ音を記録 

 1961年にわたしがアメリカのチュレーン大学医学部内科に留学していた時の事です。わたしの友人で解剖学者・内科医でもあったアルフレッド・へール(Alfred Hale)は色んな事に興味を持っている人でした。(彼はアメリカンインデアンのモヒカン族の男性が祖父であったことから、風貌は個性的、その上、雑言(curse word)で誰それ構わずモノを言うので、学生たちは講義の間、大笑いで人気の高い教授のひとりでした)。 

 或る日、わたしに「ケイ(留学時代のニックネーム)、一寸時間があるかね?コロトコフ音を心電計に記録したいのだか手伝ってくれるかい?」「あゝ、良いよ、アル(Alfred)」と答えたのでしたが、方法は至って簡単で心電計の1チャンネル記録紙を利用して、正中動脈でコロトコフ音を記録したのです。すると驚いたことにコロトコフ音が脈波として描かれてきますが、必ず脈波の前に陰性の棘のような波が描かれたのです。何度も実験しましたが、同じ結果が得られました。「アル、なぜ下向きに棘波がでるのだろう?」「俺には分からん、考えさせてくれ」という会話を交わしました (結局、これは未発表の論文のままにおわりました)。

 

清水優史先生とわたしとの出会い

 1962年に帰国し、わたしは大阪にある淀川キリスト教病院に循環器科を立ちあげ診療していましたが、丁度その頃、『循環科学』(丸善)という雑誌に東京工業大学制御工学の清水優史助教授が「コロトコフ音の発生理論」について「コロトコフ音とは、衝撃波である」という新しい見解を紹介した記事が眼に留まったのです。その論文を読み、すぐ『循環科学』の編集者である「平山豪」氏に「貴紙に掲載されている清水先生の論文内容に非常に興味があります。わたしもコロトコフ音の発生についてアメリカで研究したことがあるので、清水先生をご紹介願えませんか?」と手紙を書きました。

 平山氏はすぐに清水先生へ連絡を取ってくれ、わたしは東京工業大学へ出向きました。「はじめまして、わたしが髙階です」「わたしが清水です」と言った挨拶の後、「清水先生、わたしは1チャンネル記録心電計の記録紙を利用して、正中動脈拍動コロトコフ音を記録したのです。すると驚いたことにコロトコフ音が脈波として描かれてきますが、必ず脈波の前に下向きの棘のような波が描かれたのです。何度も実験しましたが、同じ結果でした。」清水先生は知的な風貌に多少カールのかかった頭髪で眼鏡をかけておられましたが、私の話を聴いた後、

「それは面白いですね、しかし、心電計を利用してコロトコフ音を記録しておられるので、わたしの実験装置(オシㇿメトリック血圧測定法)とは異なりますね。すぐにお答えは出来ませんが」と。確かに清水先生は興味を持たれたのでしたが、わたしが其の時、脈拍触診シミュレータを作りたいと思っていたので、

「わたしはまず疾患によって脈拍がどう変わるのかを、再現できるシミュレータが必要だと思っています」と言ったところ、清水先生は、

「脈波を記録できる器械はあるのでしょう?しかし、どうして脈波を再現する装置を作る必要があるのですか?」と逆に質問され、わたしは「今の大学医学部では脈拍を取って診察するという訓練をしているところは殆どないのです」と答えました。「お医者さんは、そんな訓練は当然しているものだと思っていました」と意外な顔をされました。

すると清水先生は「わたしの専門は機械工学です。博士論文はガスタービンの効率を上げる問題を選びました。しかし、博士コースの終わりころから、生体工学又は医用工学に興味を持つようになりました。」

「博士コースを終了後、運よく東大の宇宙航空研究所の助手に採用されました。教授の専門はエンジンでしたので、医用工学の研究はすぐに始められませんでしたが、興味を持って自分で勉強していました。助手になって4年目頃にNASA(アメリカ 航空宇宙局)のAmes研究所におられた吉川博士と知り合いになり、色々NASAの状況を教えていただきました。」

「NASAで研究をしてみたいと思い、教授の許可を得て公募研究に応募し、採用されました。その研究は、無重力が我々の血圧に及ぼす影響を明らかにするものでした。具体的には、アメリカとソヴィエトが共同して宇宙に打ち上げる宇宙船で、猿の頸動脈血圧を連続的に測定し地上にそのデータを送り返すシステムの開発でした。」と、当時を振り返りながら、

「そこで、当時最先端の圧力センサーの研究を2年半Ames研究所で行って帰国し、聴診器によりコロトコフ音を聞くことによりどうして血圧が測定できるかの研究を始めました。生体を使わず、モデル実験装置を使って研究すると決めた判断がよかったのだと今でも思っていますが、この研究はトントン拍子に進み、良い結果を得ることができました。」

「この結果を日本機械学会の講演会で発表しましたが、そこに朝日新聞社の田辺功さんという記者が講演を聞きに来ていました。彼は東大工学部の出身だったので、コロトコフ音の発生と消滅時のカフ圧からどうして血圧が決められるのだろうかと、長年疑問に思っていたそうです。」

「田辺さんは多くの医師に原理を尋ねたが誰も原理は知らなかったそうです。そんな時に、わたしが機械学会の講演会で発表することを知り、聞きに来ていたのだそうです。」

「発表の3日後、彼から電話をもらい会いました。更に3日後の朝日新聞夕刊の科学欄に大きな記事を出してくれました。この記事がわたしの人生に大きな影響をあたえました。人生って本当に出会いなのだなと今でも思っています。」


「良い結果が得られていたので、わたしはすぐに論文『微小カフ圧変動および血管体積変化の特性』を書き1992年に採択されました。田辺さんの記事を読んだ多くの雑誌編集者から、色々な雑誌に記事を書いてほしいとの依頼が舞い込みました。髙階先生が読まれたものも、そのうちの一つです。『循環科学』によって、わたしと髙階先生のつながりができたのです。人生って本当に不思議ですよね。」

「3~4年前、血圧計測の仕事を続けている間に、コロトコフ法(水銀血圧計)よりもっと正確な血圧計測法(オシㇿメトリック血圧測定法」を考えつき、学会で発表するようになりました。血圧計の製作会社からも幾つかアプローチがあり、それを実現することになりました。しかし、この新しい方法は、医師会からは拒否されました。その理由は『1920年にコロトコフ医師から提案されて以来、今日までこの方法により診断が行われ、その経験値を基に治療法が決められてきた。より正確な測定法はそれで良い、しかし、我々医師の診断のためには、その結果をコロトコフ法の結果と合うように変更して示すべきだ』という論理でした。鼻っ柱を折られ、現場の大切さをきつく教えられました。」

「そんなときに髙階先生から心電計を使ってコロトコフ音を測定すると脈波の前に必ず下向きの棘の様なスパイク波がでた、という話をされましたね。」

と清水先生は熱っぽく、一気に話されました。ご自身の研究者としてのヒストリーや、当時の医師たちの物の考え方が、容易には変えられないという皮肉な現象を目の当たりにされました。清水先生は「オムロン」の携帯型血圧計の開発にもアドバイザーとして参加され、携帯型電子血圧計を世に送り出された事で一気に有名になられました。

アネロイド式電子血圧計  正中動脈上にカフを巻きコロトコフ音を聴く

 

 

むすび

 時代は移り、ここ半世紀の間に医用電子工学の進歩によって、いまやアネロイド式電子血圧計が、病院、クリニックや医療介護施設や、家庭でも使われるようになりました。わたしが清水先生と出会ったことが臨床医学教育の在り方を変えました。コンピュータ技術、デジタル技術などハイテク技術の臨床面への応用によって、血圧測定、聴診および、臨床診断に対する医師の考え方を変容させました。残念な事ですが、血圧測定の歴史や、水銀血圧計が製造中止になった理由は水銀が人体に有害であることや、アネロイド式血圧計の原理はカフを上腕に巻くという「リバロッチの水銀血圧計」と基本的に変わっていないことを理解している人は果たして何パーセントいるでしょうか?

 その後、わたしが清水先生と共に心臓病患者シミュレータ「イチロー」((株)京都科学)を開発し、今や「イチロー君」は世界各国の大学医学部や医療機関で臨床教育に使われ、更に私が14年に亘って清水先生と開発研究した「可伸展性ダイアフラム聴診器」(TSphonette)((株)ケンツメディコ社)も、低周波数の心音(S3、S4)の聴診に抜群の威力を発揮する新しい聴診器として、サスペンデッド膜型聴診器(リットマン型)を越える聴診器となったことは言うまでもありません。

 

参考文献:

  • 1)清水優史、龍前三郎、香川利春. 微小カフ圧変動および血管体積変化の特性. 医用電子と生体工学:30-3. 208-2014, 1992.
    2)髙階經和、 清水優史:対談「イチロー誕生秘話」、於・第62回日本心臓病学会(仙台)、2016
    3)日野原重明、阿部正和、岡安大仁、髙階經和、浜口勝彦. 「バイタルサイン」、51~72、医学書院(初版)、1980.
    4)久保田博南、血圧測定の歴史、医機学、6. 615-621, 2010.
    5)血圧測定の歴史. 医療機器情報ナビ;ウイキペディア、4/21/2021.

Scroll Up