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心電図データベース

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症例59 他院にてMR angiographyで脳底動脈先端部未破裂動脈瘤を指摘

女性/63歳

問題

径7mmで破裂のリスクがあり、同動脈瘤に対して待機的脳血管内手術(コイル塞栓術)目的にて当院脳神経外科に入院した。 12誘導心電図モニター下に脳血管内手術を施行している最中に脳動脈瘤破裂が生じ、くも膜下出血を来たした。 破裂7分後の心電図を示す。

(出題者)公益財団法人田附興風会医学研究所
 北野病院心臓センター 循環器内科主任部長 猪子森明

 

63歳 女性 心電図

解答と解説

 近年、我が国を中心として、身体的・精神的ストレスを契機として発症する心筋障害が、たこつぼ型心筋症として注目されている。しかしながら、たこつぼ型心筋症の発症機序、特に発症の契機となるシグナルは何かという点が不明である。くも膜下出血の際に不整脈や心筋障害が認められることは以前より知られており、研究されてきた。これには、視床下部からの交感神経を介した心臓へのシグナルが関与するという説や血中カテコールアミンが直接心筋障害を引き起こすという説が唱えられているが結論は出ていない1。
ここに提示するのは、くも膜下出血後にたこつぼ型心筋症を呈した症例における発症の瞬間からの心電図の変化(図1)である。

 

図1 心電図の変化

 たこつぼ型心筋症 心電図の変化

カテーテル検査室入室時には、心電図は洞調律で、不完全右脚ブロックであった。
12誘導心電図モニター下に、脳底動脈先端部未破裂動脈瘤(図2)に対する脳血管内手術(Guglielmi分離コイル挿入)を施行している最中に脳動脈瘤破裂が生じ、くも膜下出血を来たした(図3)。

 

図2

椎骨動脈造影

図3

動脈瘤破裂時の造影

 これに伴い、血圧が上昇するとともに痙攣、さらには意識レベルが低下し、呼吸停止に至り気管内挿管を施行した。その後コイル塞栓術により出血は止血された。脳動脈瘤破裂直後(15秒後)に洞性頻脈(心拍数:120/分)となり心室性期外収縮が頻発した。5分後にはwide QRS頻拍になった。この頻拍が、一過性の心室性頻拍によるものか、あるいは心室内伝導遅延に伴う洞性頻脈なのかは不明であった。7分後には洞性頻脈に復したが、広範囲のST上昇が持続(最大で+0.9mV)した。その後、ST上昇が低下するとともにQT時間が延長した。
翌日には、心電図上、四肢I,II,aVL,aVF及び誘導胸部誘導V3-6での陰性T波とQT時間延長を認めた。心臓超音波では左心室基部を除く全周性の壁運動低下を認め、たこつぼ型心筋症が疑われた。
クレアチンホスホキナーゼの経時的採血では最大2890IU/Lまでの上昇を認めた。しかし、そのMBアイソザイムはわずか2%の上昇しか認めなかった。患者はコイル塞栓術後5日後に脳損傷のために死亡した。

 
このため、一般のたこつぼ心筋症で認められる左心機能異常の改善は確認できなかった。 たこつぼ型心筋症の患者は、精神的あるいは肉体的ストレスの後に、心血管事故を含む急性心筋梗塞や心不全を思わせる症状を訴えるという発症型が多い。たこつぼ型心筋症の病態生理はよくわかっていないが、多発性血管攣縮、微小血管攣縮、心室固有乳頭筋部の閉塞や交感神経活性の増強などが可能性として考えられている1。 たこつぼ型心筋症が報告される以前の1960年代に、脳の急性疾患の際にみられる心筋損傷についての研究がなされていたが、その研究によると中枢神経系は二通りの方法で心筋に影響を及ぼすと考えられている2。

 
 一つはエピネフリンやノルエピネフリンのような液性因子の放出を介して間接的に心筋に影響を与えるというものであり、もう一つは交感神経系と副交感神経系を介した遠心性及び求心性神経線維を介し直接的に心筋へ影響を与えるというものである。本症例では、くも膜下出血後翌日の心電図で陰性T波、心臓超音波では左心室基部を除く全周性の壁運動低下を認めた。脳血管障害に伴う心筋障害をたこつぼ型心筋症に含めるか否か異論のあるところであるが、本症例において術後の心電図変化と心臓超音波の異常がたこつぼ型心筋症として典型的な像を示したことから、脳血管障害に伴う心筋障害とたこつぼ型心筋症は発症機序が共通している可能性が考えられた。また、心電図変化が発症15秒後から認められたことを考えると、たこつぼ型心筋症における心筋障害は血中カテコールアミンの増加よりもむしろ交感神経を経由したシグナルが直接心筋障害を来たした可能性が高いと考えられた3。
 

References
1. Tsuchihashi K, Ueshima K, Uchida T, Oh-mura N, Kimura K, Owa M, Yoshiyama M, Miyazaki S, Haze K, Ogawa H, Honda T, Hase M, Kai R, Morii I. Transient left left ventricular apical ballooning without coronary artery stenosis:a novel heart syndrome mimicking acute myocardial infarction. Angina Pectoris-Myocardial Infarction Investigations in Japan. J Am Coll Cardiol. 2001;38:11-18.
2. Sakr YL, Ghosn I, Vincent JL. Cardiac manifestations after subarachnoid hemorrhage: a systematic review of the literature. Prog Cardiovasc Dis. 2002;45:67-80.
3. Inoko M, Nakashima J, Haruna T, Nakano K, Yanazume T, Nakane E, Kinugawa T, Ohwaki H, Ishikawa M, Nohara R. Serial changes of the Electrocardiogram during the progression of subarachnoidal hemorrhage. Circulation. 2005;112:e331-e332.

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