老いる意味

「老いる意味」 (2009.5.27 更新)


平成20年4月1日から、医療受給者である一般の方々にとって重大な医療問題は、介護保険認定審査を厳しくしたことや、更に後期高齢者医療保険が始まり、75歳以上の高齢者であっても収入のある人には、65歳以下の職場で働く人々と同じ、三割負担を課したことである。厚生労働省がすすめる医療は、第二次大戦後、どん底の日本を今日の姿まで再生させた現在の高齢者に対して、一体何たる処遇をするのであろう?官僚や政治家は自分たちが年を取っても病気にならないとでも思っているのだろうか? 考えが浅薄だ。
一方、全国の病院や医療者側に起こっている問題は深刻であり、現実に産科や小児科が閉鎖せざるを得なくなった背景に何が起きているのか?そして救急医療の現場では、当然、昼間に病院や診療所を受診していれば問題は解決していた筈の小児のケースや、安易に救急車を呼び、夜の診察に行けば待たずに診てもらえるといった安易な考えで受診するケース「コンビニ受診」が病院側を困らせている。そのため高齢者で緊急入院を必要とする患者が、たらいまわしの結果、入院できずに死亡したと言った記事が新聞紙上で目に付く。緊急医療での専門医が不足し、当直医らが文字通り24時間不眠不休の勤務を行っている医療現場は修羅場である。漸く、マスコミもこの現実を『救急崩壊』といったタイトルで取り上げ、今までの医療消費者の側に立った取材から、医療者側にも立った見方で、公平に現在の医療崩壊の過酷な現場を取材するようになった。

 
私事で恐縮だが、わたしも後期高齢者の一人である。しかし、自分自身も医療者である社会的責任から、とても病気などする暇がない。とは言え明らかに肉体年齢は老いている。医学的年齢とは「暦年齢+肉体年齢+精神年齢」である。その三つの年齢がバランスを保っている限り、人は健康に歳を重ねる。医学的には、生理学的機能は30歳を100パーセントだとすると、10歳ごとに10パーセントづつ、減少する。私も残念ながら、約50パーセントしか生理学的機能が残っていないことになる。しかし、人によって外見上は暦年齢よりは遥かに若く見える人や、その反対の人など様ざまである。その差はどうやら精神的年齢から来るようだ。
 有名なアメリカ南部の詩人であったサミュエル・ウルマンをとりあげた『青春という名の詩』は、宇野収氏(元関西経済連合会会長)と作山宗久氏との共著であったが、その中で「青春とは人生の或る期間ではなく、心の持ち方を言う。(中略) ときには20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。年を重ねただけで人は老いない。理想を失うとき初めて老いる。(中略) 20歳であろうと人は老いる。頭を高く上げる希望の波をとらえる限り、80歳であろうと人は青春にして巳む。」という詩が、本書の最初に紹介されている。

 
戦後、連合軍司令長官であったダグラス・マッカーサーも、愛したといわれるこの詩は、戦後の経済界の方々にも愛され、その前向きな心の持ち方が、今日の日本を再生させたとも言われる程である。その当時、若者だった方々も戦後63年を経過し、すでに80歳を超えておられる。が、いまも現役で働いておられる方々には、人生の歴史があり、理念がある。それは心の若さである。
 五木寛之氏の『林住期』を読むと、インドの哲学では人生を四つの時期に分けているが、75歳以上の後期高齢者を「遊行期」と呼んでいる。それまでに人生の仕事を終え、漸く自分の時間として悠々として時を過ごす時期だと言うのである。それは彼等の理想であり、日本人の現状とは異なるが、現在のような情報社会時代のものではなかったのではないだろうか。今やインドも中国も共に情報産業では、大きな力をつけてきており、世界経済の中心に成りつつある。
私は、年齢とは樹木の年輪のようなものだと思っている。風雪に耐え、大きく高く聳える樹木の一年毎に刻まれる年輪は、人間に喩えれば、内的な充実を表すものだ。強靭な樹木は長年の歳月を掛けて風格のある姿を堂々と示す。樹木が決して若返ることはない。いま流行の「抗加齢医学=アンチ・エイジング・メディシン」などはありえない。後期高齢者にとっては、病気で長生きする事より、健康に年を重ねる「健康医学」が求められるのだ。

  
嘗て家内とオーストラリアを旅し、ケアンズで見た熱帯雨林の雄大な素晴らしさに圧倒されたことを思い出す。30メートルを超える大木も寿命が来れば倒れ、自然の風雨の中で朽ちていく。その後から新しい芽が育つのだ。人は自らの老いを感じるならば、その時こそ、子孫や後輩に自らの人生経験や知識を正しく、伝えていくことが大切なのだ。自ら内的充実を図り、刻み込まれ年輪の数だけの知識や、経験を伝えていくべき義務があると私は思っている。官僚や政治家の方々も自己保全の考えを捨て、次の世代のために何を行なうべきかを、真剣に考えることが大切だと考える。与党も野党も、国会を混乱させるだけの討論をするのではなく、真剣に現状を打開することを考えることが大切だ。彼らが果たして、どれだけ世界の中の日本の立場や、国のために働いているのか疑わしい。

私が考える健康に老いるための11箇条を紹介しよう。


  1. 1.バランスの取れた食事
  2. 2.夕食後の半時間ばかりの散歩
  3. 3.酒は百薬の長とは言いながら、飲みすぎには気をつける
  4. 4.毎日の達成可能な目標を立て忍耐強く実行する
  5. 5.他人との協調性を保つ
  6. 6.時間を大切にする
  7. 7.謙虚で正直であること
  8. 8.思慮深くあること
  9. 9.好奇心を持って
  10. 10.活動的であること

    そして私が若い各大学医学部の学生や研修医の方々に接して感じたこととして

  11. 11.我々が後輩と付き合い、人生のガイド役となって、彼らを導いていくこと

    が大切だと思っている。

私が上に挙げた11項目を自らの生活に取り入れ、新しい日本再生のために、身を正して社会のために努力してこそ、それが老いていく我々人生の有意義な過ごし方ではないかと、感じる今日この頃である。


※本文は2008年に書かれたものです。