2008年度アリゾナ大学留学体験記
<アリゾナ大学医学部短期留学報告書>奈良県立医科大学医学部医学科6年生 尾崎 萌
2008年夏、私はアリゾナ大学医学部循環器内科Sarver Heart Centerにてとても充実した臨床留学をさせて頂きました。それについて報告します。
1.目的
今回、本留学に応募したのには主に2つの理由がありました。1つ目に自大学での病院実習と5年間続けた塾講師のアルバイト経験より、『医学教育』にとても関心があったこと、2つ目に卒業後 国際保健医療に携わりたいと考えている私は英語を用いて医療行為を行えるようになることの必要性を感じていたことでした。幸運にも4週間をアリゾナで過ごすことができたことで、これら2つに対する課題も見つかり、さらにモチベーションを高めて帰ってきました。
2.留学先の実習内容について
私たちはCardiology consult teamにて実習をしましたが、過去2年と大きくは変わっていない様です。Teamの構成はattending1人,fellow1人,resident1〜3人,私たち学生2人と少なく、いつでも上級医とコミュニケーションをとれる状況にありました。Consultされる患者さんはCHFでheart transplantの評価待ちの方やAMIの方、他科で入院中にモニター上でAtrial fibrillationが見られるとコールのあった方、EKG上では異常が見られず(おそらく)非心原性のChest painを訴える方まで、循環器に関係しそうなものは全て対象で、teamで見る患者さんの数は1日あたり平均7,8人でした。どの患者さんもまずresidentかfellowが診察し、その後attendingと一緒に再診察するというもので、私たちは基本的にはfellowの先生につき、彼の診察やカルテの書き方を見学したり、実際に患者さんの身体所見を取ったりしていました。
<1日の予定>
| 7:00〜 | Cardiology conference (fellow対象/内容は曜日によって異なる) |
| 8:00〜 | resident/fellow と共にpre-round |
| 10:30〜 | attending と共にround |
| 12:00〜 | Cardiology conference or Ground rounds (resident?対象/水・金曜日のみで昼食付) |
| 15:00〜 | EKG reading |
恥ずかしながらもTOEIC850で行った私は、現地で英語に慣れるのに2週間かかりました。当初から一つ一つの単語は聞き取れていましたが、それを毎度毎度頭の中で日本語に直して聞いており、think in Japaneseであったために理解に苦しんだように思います。教育はいわばキャッチボールです。教育を受ける側にも参加の義務があり、自分が聞いた話に関して意見が述べられるくらいの英語力、少なくとも理解したことを伝えられる言語力が必要であると思います。今後留学される方もこの点によく注意して下さい。
4. 感想と今後の課題
診断や治療など医学に関することはどこまで理解し比較できたかはわかりませんが、医療状況やシステムに驚いたことが2つあります。
1つ目に医師の仕事は話すことなのだろうか?と勘違いするくらい、医師は病院のあちらこちらでteam内でdiscussionをしている様子を見かけたことです。職の細分化がとても進んでいるために、日本に比べて医師のする業務は少なく、時間と心に余裕があるから出来ることだと思います。’話すこと’は知識を伝える手段でもありますが、自分が理解していることを伝えたり、完璧に理解していなくても自分が理解できた範囲で考えを述べたりすることで、自分の今のレベルを自分で再確認し、かつ他者から認識してもらえる手段でもあります。
今回私たちのattendingであったDr. Friedmanはとても教育熱心な方で、round中でも私たちに質問がないか気にかけてくださったり、EKG readingが終わってからもその日の質問を聞く時間を割いてくださったりしました。当初は自分の医学知識と英語力のなさで彼らの時間を割いてはいけないと思い、大抵’No’と答えていたものの、ある日’I can’t understand whether you understand us or not.’と彼に言われたことで、考えが大きく変わりました。それ以来、興味を持ったことは循環器以外のことであっても彼に質問するようになったのはいうまでもありません。
日本では(少なくとも私の大学病院では)学生の出来が悪いと、それは学生自身の勉強不足や能力のなさが責任となることが多いように思います。しかしアメリカでは教育は’教育を受ける側’と’教育する側’の双方の協力によって成り立つものという考え方が浸透しており、’教育する側’にたった人の責任感の強さを感じました。
2つ目にコメディカルの人たちの専門性や意識の高さです。非侵襲的な経皮的心エコーや心電図、ペースメーカーのチェックなどはそれぞれに技師さんがいて、オーダーに従ってエコーを取ったり、心電図を取ったりしています。彼らの取ったデータがそのまま医師の診断に用いられるため、医師と連絡をとらなければならない機会も多く、また彼らの関心が高いのもあり、朝7時からのconferenceではcath(月)やecho(火)、transplant(金)にはそれぞれの看護師さんや技師さんもconferenceに出席し、積極的に意見や質問をされる姿もよく見ました。ただ残念なことに、医師の教育や啓発に重視するあまり医療者側の都合によっては、医療の主体であるはずの患者さんが医師を育てる道具のように感じてしまうこともありました。そんな中、FellowのDr. Attaranはとてもgentleな方で、彼の患者さんや他の医療スタッフに対する接し方・考え方はとても見ていて気持ちの良いものでした。人種や宗教・価値観などが違っても、人に優しく丁寧に接されて嬉しくない患者さんはいないと思うからです。今後、医師として働く上で彼の意思としての姿勢は絶対に忘れたくありません。
今回の留学は私の価値観を大きく変えるものとなりました。当初はアメリカの医療は世界の最先端を行っていて、どんなにすばらしいものなのだろうという大きな先入観と強い憧れがありましたが、医療レベルはアメリカと日本とは大きく違うこともなく、日本で医学を勉強し、医師として働くことに自信をもちました。ただ、世界各国から集まる人たちと切磋琢磨することから刺激を受けたり、日本を客観視したりするという観点からは再度、臨床留学に行きたいと思います。またこの留学を通して、良き臨床医になりたいという考えに加え、良き教育者になりたいという貪欲な思いをも持つようになりました。私一人が良い医師になろうと努力し、頑張ったとしても、生涯かけてみられる患者さんの数はそう多くありません。より多くの人によりよい医療を提供するためには、より多くのよりよい医学教育を受けた医師を輩出していくことが必要となります。私自身は卒前の病院実習は終了してしまいましたが、まずは学生の積極性とプロ意識の育成を目標に、多くの学生が卒前実習を行う大学病院にて、患者さんを受け持つ際にはグループ単位ではなく個人で受け持つこと、一人ひとりの学生に患者さんや主治医からの評価表があることなど、身近なことから工夫できることもあるのではないかと考えています。日本とアメリカの国の文化や人々の考え方の違いが教育に大きく影響しているとしても、アメリカの医学教育を実際に体感したものとして、日本の卒前・卒後医学教育をさらによいものにしていけるよう、今後少しでも力を尽くしたく思います。そして来年からの卒後臨床研修にも意欲的に参加し、よりよい卒前卒後臨床研修のあり方を考えていきたいです。
最後になりましたが、素晴らしい短期留学をproduceしてくださったJECCSの高階經和理事長、出発前に激励メールを送ってくださった木野昌也会長、英語での問診身体所見のとり方・カルテの書き方についての冊子を郵送してくださった中野次郎理事をはじめとするJECCSの先生方、強力なサポートをしてくださった事務局の若林さん、Dr.Ewyをはじめとするアリゾナ大学の先生方、ホストのGerry、同行した米川君に深く感謝します。ありがとうございました。
名古屋大学医学部医学科 5年 米川佳彦
私は今回、アリゾナ大学医学部の循環器内科で4週間留学させていただきました。まずこの素晴らしい経験を可能にして下さった横浜市立大学名誉教授の松本昭彦先生、JECCSの高階經和理事長、木野昌也会長はじめJECCSの皆様、エヴィー先生、フリードマン先生、アタラン先生はじめアリゾナ大学循環器内科の皆様、いつも影から支えてくれた私の家族、ホストマザーのジェリー、そして最も多くの時間を過ごした奈良県立医大の尾崎さんにはどのように感謝の念を伝えればよいか皆目わかりません。自分のできる最大限の「ありがとうございます」を冒頭に持っていきたいと思います。
実習の内容
私たちは今年で三期目ですが、内容としては一期目、二期目と大きな変化はなかったようです。つまり、朝7時からカンファレンスがあり、その後は患者さんの回診。回診後は心電図の判読。最後に一日の質問等をディスカッション。カンファレンスは毎朝ありますが、曜日によって、症例検討会・フェローカンファ・エコーカンファ・心電図カンファ・心移植カンファに分かれていました。その他には、昼のカンファレンス、心臓カテーテル検査・手術、胸部外科での手術見学、救急の見学、クリニックの見学、CPR研究の実験の見学、医学部の講義への参加など、多くの経験をさせていただきました。
米国の医療システム
私自身、今回の留学を機に知ったことがたくさんありました。米国の医療のシステムを簡単に説明すると、4年間の大学、4年間の医学部、約3年間の研修医(特に一年目をインターンといい、二年目以降をレジデントという)、約3-7年の専修医(フェローという)があり、その後専門医(スペシャリスト)へと進んでいくということになります。
また、入院患者に対しては、主治医(アテンディグ)が最高責任者となります。特にICUなどでは他科に相談することもよくあり、これをコンサルトといいます。毎日、担当の科とコンサルトの科を含めた各科の回診(ラウンド)があります。ラウンドでは、レジデントやフェローがまず患者さんの主訴・現病歴・既往歴・社会歴、バイタルや血液、身体所見などを集め、SOAPに基づいたプロブレムリストの作成と治療戦略を立てます。その内容をアテディングにプレゼンします。アテンディングはその後、ディクテーションをします。
ディクテーションとは、自分でカルテに書き込む代わりに電話を通したオペレーターにタイピングしてもらうことです。私は当初、ディクテーションの意義がよくわからなかったので尋ねてみました。すると、「電子カルテにキーボードで入力するのは時間がかかる。ディクテーションがないと、医師の仕事の半分がカルテを書くことに終わる。ある研究によると、話すことと書くことを比べると、後者では面倒で自分が伝えたい言葉の2割ほどしか書かないというのだから、話すほうがいい。ディクテーションのためには人件費がかかるが、医師の仕事を減らしその分多くの患者さんを診ると考えれば採算が合う。」私の何気ない質問に対して、わかりやすく説得力のある説明をしてもらいました。
体験したこと
全てを書くことは到底できませんが、驚いたこと、学んだこと、思ったこと、などできるだけ多くのことを書きたいと思います。
- 循環器内科コンサルトチーム
循環器内科の臨床教授であるフリードマン先生(Dr. Friedman)とフェローのアタラン先生(Dr. Attaran)には、今回本当に多くのことを教えていただきました。聴診を初めとする身体診察、心電図の判読、ベッドサイド学習などの実践的な知識に加え、教訓としての体験談や医師としての心構えなども教えていただきました。また、私のどんな些細な質問にも答えていただき、本当にたくさんの時間を過ごしていただきました。「教えること」も医療の大事な要素であるという考えを持っておられ、まさに「教授」という言葉にふさわしい先生の下で学べたことを、大変に誇りに思います。特定の人の下でもっと学びたいと思ったのは、フリードマン先生が初めてでした。「もっと質問しなさい。自分から学びなさい。そして、学んだことを他の人にも教えてあげなさい。」と、最後に私が先生にいただいたこの言葉は生涯の宝物になりそうです。 - 心電図
毎日平均50件の心電図判読を行いました。「心電図を学ぶのに最も良い方法は、たくさん心電図を読むことだ」という当たり前のように思える言葉が真であると痛感しました。それぞれの心電図波形のポイント、その理論的根拠、特に心電図における心肥大の診断について感度・特異度についてなどの議論を交わしながら、期間中単純計算で1000件の心電図を読んだということは自信になり、奥の深さに惹かれるようになりました。心電図の全てを学んだわけではありませんが、これから自分一人でも十分に勉強できる素地を作れたと思います。 - アリゾナ大学病院の国際化したスタッフ
スタッフの多くが海外出身でした。今回話す機会があった限りでも、メキシコ、インド、イラン、日本、韓国、中国、台湾、ポーランド、ドイツ、イギリス、アイルランド、南アフリカからのスタッフがいました。まさに人種のるつぼという言葉がふさわしく、国際化を感じました。各国の医療事情を聞くことができ、また世界中には本当に志が高く素晴らしい人がたくさんいるということを知ることができ、とてもよい刺激を受けました。 - 朝の3時に・・・
最も驚いたことの一つです。こちらでは、入院に関しては患者本位ではなく医療側本位でのスケジュールで動いています。午前3時の血圧測定や採血、X線撮影などは基本。つまり、朝のラウンドに間に合うためのデータを、日が昇る前から準備しようというのです。患者さんはもちろんぐっすり眠ることができません。 - 高い米国の医療費
日本の医療費に比べ、米国の医療費は高いということを痛感したエピソードがありました。ある患者さんに聞いてみたところ、ICUに1ヶ月入院した医療費が100万ドル以上(1億円以上)かかったということでした。医療費高騰、保険料高騰、訴訟対策のための保険料高騰。法律社会である米国で、全ての人が満足に医療を受けられる国ではないという現実を目の当たりにしました。 - ICUでピザ?
初日ICUに入室した時、驚いたことに香ばしいピザのにおいがしました。もちろん、患者さんやその家族もそのにおいを堪能することができます。また、共通の廊下を歩きながら飲食しているスタッフも随時見かけます。これには少々のカルチャーショックを受けましたが、すぐに慣れました。 - プレゼンテーションとカンファレンス
日本に比べると、米国ではとにかくプレゼンテーションを行う機会が多いです。回診時のプレゼンは口答で患者さん一人につき3〜5分ほど。その他には、エコーや心電図、論文紹介などの講義形式のカンファレンスでのプレゼンもあります。プレゼンが多い分だけ学べる環境も多く、レジデントやフェロー向けのカンファレンスなどはほぼ毎日あり自分から足を運べばいくらでも学べる環境が整っていると感じました。 - 日本ではどうだろうか?
米国式の医療を見て、日本ではどうなのだろう?と考える機会が多くありました。そして、日本のほうが優れていると思える部分、米国のほうが優れていると思える部分がそれぞれありました。今まで自国の医療について客観的に見られなかったところに比べる基準ができたことは、帰国後もとてもプラスになると思います。
包括的な感想として、今回の留学は予想以上に学ぶことが多く、とても実のあるものでした。これには一ヶ月という限られた期間の中で一日一日を大切に、緊張感を持って望めたことも大きかったですが、やはり学ぶ環境としての米国は素晴らしいと思いました。将来、米国に臨床留学をしたい気持ちが固まりました。また、「他人に教えることは自分が学ぶことでもある。」これはフリードマン先生からいただいた言葉ですが、積極的に実践していこうと思います。学んだことを実践してこそ留学の意義があると考えているからです。
最後に再びですが、今回の留学でお世話になった皆様に、心から感謝の気持ちを示したいと思います。ありがとうございました。

